前立腺の全摘除術は前立腺癌の根治が最も期待できる治療法ですが、前立腺の周辺には無数の神経が存在するため、性機能や排尿機能に影響を与えるリスクもあります。前立腺癌の手術について知っておきましょう。
癌の根治が最も期待できる治療法は、外科的手術によって癌組織を完全に取り除くことです。この考え方は前立腺がんにも当てはまります。ただし、癌に侵された臓器から癌組織だけを取り除くことは不可能といっても過言ではありません。
また、癌治療の外科的手術の成功とは、癌細胞を取り除くだけではなく、癌細胞を取り残さず再発を防ぐことです。せっかく手術をしても、再発してしまっては意味がありません。むしろ、再発した際には初めの手術よりも治療が困難な状況になるため、治療法の選択は慎重になる必要があります。
癌の全摘手術を行う場合、癌細胞の取り残しを防ぐため、癌自体にメスを入れないのはもちろんのこと、癌に侵された臓器に加えて周辺組織も取り除く必要があります。
しかし、前立腺の場合は直腸や膀胱、外尿道括約筋、血管や神経などに密着しており、前立腺と併せて安易に取り除くことができません。
仮に取り除いたり、傷つけたりすれば、治療後は尿漏れのような排尿障害や勃起障害など、重い後遺症に悩むことになります。
前立腺癌は進行が遅いため、患者の余命を考慮して無理に手術をしないという判断もあります。前立腺の全摘手術が適応となるのは、期待する余命が10年以上で、グリソンスコアが7以下、PSAが10ng/mL未満、かつ癌組織が前立腺被膜内に限局している場合とされています。
前立腺がんの摘出は可能な限り周辺組織を傷つけることなく、前立腺全体に加えて精嚢、精管・膀胱頸部の一部、関連するリンパ節を取り除きます。PSA検査やグリソンスコア、直腸診などからリンパ節転移の可能性が極めて低いと判断できる場合には、リンパ節を取り除かないこともあります。
前述の通り、前立腺は重要な組織に囲まれているために周辺組織を含めて摘出できず、癌が前立腺の被膜外にまで浸潤していた場合は、癌組織を取り残すリスクはより高くなります。
前立腺がん全摘除術後の再発率は、早期の前立腺がんであっても25%程度あり、被膜外に浸潤した前立腺がんに至っては50〜70%と高い再発率になっています。
前立腺がんの全摘手術には、昔から行われていた開腹手術(恥骨後式と会陰式の2種類がある)のほか、腹腔鏡を用いた腹腔鏡下前立腺全摘除術、ミニマム創内視鏡下手術、ダビンチと呼ばれる手術支援ロボットを用いたロボット支援手術の4種類があり、それぞれメリット、デメリットが異なります。
昔から行われてきた前立腺の全摘除術といえば開腹手術で、早期で前立腺癌が発見された場合に多く採用される治療法です。手術で摘出するのは前立腺だけでなく、尿道や精嚢、精管や膀胱頸部の一部、および関連するリンパ節も取り除くことがあります。
開腹手術で切開する場所によって術式が異なり、下腹部から切開する恥骨後式と、陰嚢と肛門の間から切開する会陰式の二通りがあります。一般的には恥骨後式が多く多く行われています。
前立腺は多くの臓器に囲まれており、そのすぐ近くには静脈が集まっているため、前立腺全摘除術は大量出血を起こしやすい難しい手術の1つです。そのため、出血に備えて自分の血液を輸血用に採取する自己血輸血を行うこともあります。
手術時間はおよそ3〜4時間かかり、順調に回復すれば術後2週間程度で退院することが可能です。
恥骨後式は最も標準的な前立腺全摘除術であり、下腹部を縦に15cmほど切開し、恥骨の後ろ側を通って前立腺を摘出する術式です。この術式では全身麻酔と硬膜外麻酔を併用して行います。恥骨後式での手術は術後に強い痛みを伴うため、硬膜外麻酔が術後の痛み緩和の役割も果たします。
恥骨後式での開腹手術の場合、前立腺の摘出前に骨盤のリンパ節を切除し、リンパ節転移の有無を調べる病理検査を行うことができます。万が一リンパ節への転移が認められた場合は、前立腺全摘除術の目的が達せられなくなるため、手術を中止して治療法の変更を余儀なくされます。
また、前立腺の摘出に成功しても前立腺の切断面に癌組織が見つかってしまった場合は、体内に癌組織を取り残した可能性が高いため、術後に放射線治療を検討する必要もあります。
会陰式とは、陰嚢と肛門の間の「会陰部」と呼ばれる場所から切開する術式で、恥骨後式に比べて傷口が小さく、出血量も少ないというメリットがあります。しかし、その一方で非常に術野が狭く、高い技術が医師に求められることもあり、会陰式を受けられる医療機関は限られます。
また、術野が狭い事で恥骨後式のようにリンパ節を取り除くことができず、病理検査によってリンパ節転移の有無を調べる事ができないというデメリットがあります。
腹腔鏡下手術とは、炭酸ガスでお腹を膨らませてスペースをつくり、内視鏡と鉗子を入れる5つの小さな穴を腹部にあけ、モニターを見ながら行う手術です。日本では2006年に承認され、健康保険が適用されるようになってから広く行われている手術です。
腹腔鏡下手術の最大の特徴は、なんといっても腹部を切開しないことによる患者の身体的負担の少なさです。腹部を切開しないために術後の回復が早く、手術翌日から歩くことができます。そのため、術後に起きやすい肺塞栓や腸閉塞などの術後合併症のリスクを軽減することもできます。
もう1つのメリットは、開腹手術では見づらい身体の奥深い場所もカメラで拡大して確認することができるため、細い血管や尿道などの縫合をスムーズに行うことができます。
一方、腹腔鏡下手術の問題点は技術的な難易度の高さと、習熟までに時間がかかる点です。開腹手術のように目視で直接確認できず、二次元のモニターを通して見るため、距離感がとりにくくなります。
また、鉗子は腹壁を支点として動くため、自分が動かしたい方向と逆に手を動かす必要があるなど、操作に慣れるには時間がかかります。鉗子の先端も回転と開閉しかできないため、医師の手のようなスムーズな動きはできません。
前立腺癌の腹腔鏡下手術では、ヘソの下に1.5cmほどの内視鏡を入れる穴をあけます。また、先端がメスやハサミになっている鉗子を入れる5mm程度の穴を4つあけます。
腹腔内は通常臓器で詰まっているため、腹部に炭酸ガスを入れてふくらませ、術野を確保します。炭酸ガスの圧力によって腹腔内の血管が圧迫されるため、多少の出血はとまりやすくなります。この出血の少なさも腹腔鏡下手術の特徴の1つです。
開腹手術(恥骨後式前立腺全摘術)と腹腔鏡下手術では手術法が大きく異なりますが、いずれも前立腺と精のうを摘出し、尿道と膀胱をつなぐ手術であり、手術適応やリンパ節の廓清範囲に違いはありません。
前立腺は恥骨の裏で骨盤の最も奥に位置するため、開腹手術の際は非常に見にくく、術野が確保しにくいという難しさがありますが、腹腔鏡下手術では見にくい部分をモニターに拡大して確認できるというメリットがあります。
ただし、モニターを見ながらの手術であるため、通常の開腹手術に比べると手術の所要時間が長くなりがちです。しかし、技術の進歩によって従来3〜6時間かかっていた手術時間が、最近では開腹手術並みの2〜3時間に短縮する場合もあります。
腹腔鏡下による前立腺全摘除術後では、手術翌日には歩行と食事をすることが可能です。また、尿道に挿入されているカテーテルは手術後3日程度で取り除かれ、術後5〜7日程度で退院することになります。